EXCAVATION RESULTS発掘成果
【366集】清河寺前原遺跡

市町村さいたま市
主な時代旧石器・縄文・中世・近世
発行年度2009
清河寺前原遺跡は、大宮台地の西縁、滝沼川左岸の台地上に立地している。大宮西部特定土地区画整理事業に伴い、当事業団が平成12年度から平成14年度にかけて発掘調査を実施した。本書は、第1~4次調査の報告である。
清河寺前原遺跡は、旧石器時代と縄文時代、中・近世の複合遺跡である。
旧石器時代では、4枚の文化層が検出された。第1文化層は槍先形尖頭器を主体とする石器群(第Ⅲ層)、第2文化層はナイフ形石器の終末期の石器群(第Ⅳ層)、第3文化層は岩宿Ⅱ期の石器群(第Ⅳ層)、第4文化層は後期旧石器時代前半の石器群(第Ⅶ~Ⅸ層)である。
第4文化層の後期旧石器時代前半の石器群は、大宮台地での発見例は少ないが、近接する大木戸遺跡、西大宮バイパス№5遺跡から出土しており、滝沼川流域が大宮台地で最初に人が住み始めた地域の一つであることが窺える。
清河寺前原遺跡第4文化層の石器集中は、第1地点と第2地点から検出された。特に、第2地点では、径約15mの範囲に石器集中11箇所が環状に並んでおり、群馬県、千葉県で多く見られる環状ブロック群である。石器は1,400点以上が出土し、その内1,000点以上は良質な黒耀石が使われており、多くの接合資料が得られた。その幾つかは、原石の形状がわかるまで復元できた。黒耀石原産地と石材の消費地である大宮台地の関連性を分析するための良好な資料である。また、ナイフ形石器等の製品も多く出土しており、黒耀石原産地に近い長野県の遺跡との比較も重要になってくる。
縄文時代では、早期の炉穴が第2地点の台地の南西側縁部から発見された。
中・近世では、第2地点から区画溝とそれに伴う畑の跡が見つかっている。